私たちの意識は、バームクーヘンのような層になっています。一番外側は、この物質世界で肉体を持った思考や、行動を指します。外から内に向かって進んでいくと、バームクーヘンが終わり、何もない空洞になりますね。意識では、その空洞が【中心】です。
外側では、みんながユニークに存在しています。それぞれの個性が、彩り豊かに輝いています。たとえ私たちが苦しく、辛い思いをしていたとしても、魂のレベルではどんな思いも、【個】として輝きに満ちています。【個】でありながら、内側では全てが繋がっていて、中心では【ワンネス】、【1つである】という【生】の神秘があります。
人生で大切なことは、外側での【個】と、中心の【1つであること】とのバランスです。バランスが崩れ、外側ばかりに重点が置かれると、私たちはエゴイズムが強くなり、様々な場面で葛藤や衝突が多くなります。その二元性の中で、エゴイズムは自分の意識を乗っ取ることに優れているので、簡単に自分自身を見失ってしまいます。
では、中心にばかりいたらどうでしょう?幸せでしょうか??誰もが経済活動に忙しくまくしたてる中、【個】として立っていることがとても難しく感じるでしょう。『みんな繋がっている』と言う声は、自分だけが大切な人たちの耳には届かず、大勢の中に埋もれるか、餌食にされるか、悲惨な【個】の行く末が予想されます。
この世界で、人間として生まれてきた私たちは【個】であることと【1つであること】の両方のバランスが重要になります。どうやってバランスをとるのでしょう?
バランスは、気づきを広げること、【個】と【1つであること】の両方を含むことで可能になります。
瞑想のエッセンスは、『気づきを広げる』ということです。ハートを感じるとき、気づきは広がります。私たちは、より気づけるようになっていきます。そうすることで、ハートの様々な次元を気づけるようになっていきます。ハートに在るたくさんの本質が、より大きく広がり続けます。すると・・・面白いことが起こりはじめます。
ハートの【1つである】という中心に気づけるようになると同時に、ハートの外側にも気づけるようになるのです!
【1つである】という空間、中心に気づけるようになってくると、自分自身の内側に、より深いシンクロニシティを感じることができます。他人とも、自然とも、全ての生命とも、ハートの【1つである】ということに気づけると、お互いに、とても美しい調和に気づくことが出来るのです。自分自身の内側の【1つである】こと、他の誰かの【1つである】ということに気づくことで誰もがシンクロニシティの中へ導かれます。
自然なハーモニー、自然なくつろぎがやってきます・・・。【1つであること】そこにジャッジは生まれません・・・。
批判をしないことが瞑想のポイントです。シンクロニシティの中に入ると、ジャッジなく、自然に人を受け入れることができます。逆に、シンクロニシティの中にいないと、自然とジャッジが起こります。ジャッジは、この中にいないことで止める方法はありません。
誰もが、ジャッジなしに受け入れられることによって、自然とくつろぐことができます。思考から人を見るとき、私たちはたえずジャッジしています。それによって、私たちに緊張が生まれます。緊張の中であるがままの自分を受け入れることは難しくなります。
でももしあなたが、誰かをただシンプルに、在るがままを受け入れるとしたら、その人にとても深い経験をする助けになります。人とシンクロニシティの中にいるというのは、自分にとっても、人にとっても素晴らしいものとなるのです。
ハートの中心には、境界線がありません。どこまで深い、平和があります。沈黙・・・。ここで、私たちの気づきが途方もなく広がり、シンクロニシティの中で繋がっていくことができます。外側の世界では、例えば【愛】を感じたとき、他の誰かに【愛】を【与える】というということが起こりますが、ここでは違います。自分自身が内側で【1つ】になり、その【愛】に気づくことによって、他の人もそこにある【愛】に気づき始めていく・・・ということが起こるのです。あなたが【与えている】わけでは無く、そこに【在る】ことに【気づいて】いくのです。
あなたの【愛】が、他の人の愛の成長を助けるということです。
だからこそ、あなたが内側に気づいていくことはとても重要なことなのです。
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