今の自分ではなく、理想の自分になれたら、どんなにいいでしょう。
『なりたい自分』は、完璧に自分を熟し、自分や周りを失望させることは一切ありません。『あの時、ああすれば良かった・・・』『こういう時、本当はこうしたいのに・・・』を、自分の理想通りにやり遂げてくれる、そんな自分になれたら。。。と、思うことはありませか?理想の自分は、きっと自分を幸せにしてくれる!と、思えますよね。
ところが・・・
実際には、幸せからは遠のいてしまうのです。
何故なら【幸せ】とは、『なりたい自分』ではなく、【真の自分】に還っていくことにあるからです。
なりたい自分と、魂の喜びが一致していなければ、私たちの心が本当に満たされることはありません。『なりたい自分』には、いつまでもたっても辿りつくことは、きっとありません。辿りついた!と思ってもすぐに、欠けている何かを発見し続け、満たす何かを探し続けるでしょう。つまり、『なりたい自分』になったと思った瞬間、次に『なりたい自分』が出てくるのです。延々と。これが【幸せ】と呼べるでしょうか?
『なりたい自分』と【真の自分】とのギャップ = 幸せから離れていく
頭で考えた『なりたい自分』を追いかけ続けることで、つかの間の幸せを得たいなら、それで良いかもしれません。でも本当は、心が満たされていつも自分に満足していられることを、望んでいるのではないでしょうか?それを可能とするのは、愛に満ちた【真の自分】を思い出していくことなのです。自分自身を思いだしていくのですから、人生のブレは確実に減っていきます。これは、幸せの法則でもあります。
【真の自分】を思いだしていくと、『なりたかったはずの自分』とのギャップに驚くことがあります。例えば、なりたかった職業につけたとしても、しばらくすると何かしらの不満を抱いている自分に気づきます。なりたかった性格になったはずが、見えないどこかに罪悪感や歪みを感じることはないでしょうか。。。たとえ願いが叶い、なりたかった自分になっても、不満は消えて無くなってはくれないのです。。。
こういう現象が起こる理由は【真の自分】を思いだしていくと良く分かります。なんと『なりたい自分』がずっと望んでいたものは、実は母からの影響を受けていたうえでの価値感であって、自分が望んでいるものではないことを知るのです。
こうしたことは、よくあることです。クライアントにも結構多い現象です。親から、学校から、社会から・・・様々な価値観を刷り込まれ、それこそが自分の理想!と、思い込んでいるだけで成り立っている『なりたい自分』だったりするのです。これが、私たちが目覚めていないと言われている所以です。本当に欲しいものも知らずに、眠ったままどうでもいいものを欲しがっていることを、【幸せ】とは言いませんね。
予期せぬ何かが起こる度、右往左往してしまうのは私たちの可愛い人間らしさです。でも、自分が還るべきところを知っていれば、動じている自分に気づき、その都度、自分自身に還ることができるのです。自分への絶大な信頼があるからです。真の自分が望むものは、【自分らしく在ること】ただ、これに尽きると思うのです。私たちは、自分自身を思いだし何者であるかを思い出すことで、心からの安らぎと平和に満ちるのです。すでに豊かで在ることに気づけるのです。だって、それは、既に自分自身が持っているものなのですから。
自分から離れていくほど、痛みとして感じるとることができます。私たちは、いつでも自分を温かく見守ってくれる存在がいます。どんな自分も、これ以上ないほどに愛されています。
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